大川法律事務所
サイトマップ お問い合わせ
 
 
トップページ
トピックス
弁護士等紹介
事務所案内
取扱業務
ご相談窓口
弁護士Q&A
費用について
主な活動
講演記録
コラム
主張
趣味の頁
主張
contents
人の心に踏み込む人権侵害 〜橋下アンケートの問題点
1.  橋下徹大阪市長は、2012年2月9日、大阪市職員に対し、「労使関係に関する職員のアンケート調査」(以下「本件アンケート」という)の配布を指示し、これに回答するよう職務命令を発した。この本件アンケートには、氏名・職員番号を記入させ、回答については「任意の調査ではありません」「市長の業務命令」「正確な回答がなされない場合には処分の対象となりえます」などとし、強制力を有するものと明記されている。
 昨秋のダブル選挙での当選以来、橋下市長の労働組合敵視の発言、姿勢が伺えるが、本件アンケートもその一貫といえる。
本件アンケートの問題点は後述するが、端的に言えば職員の思想良心の自由への侵害と労働組合の団結権に対する侵害に該当するものが見られ、到底許容し難い内容となっている。
橋下市長が本件アンケートを行うということが、報じられるや、抗議声明の数々が相次いだ。私の知る限り、法律家団体だけでも、私が代表幹事をしている大阪労働者弁護団、大阪弁護士会、日本労働弁護団、自由人権協会、自由法曹団などがごく短期間の間に声明を出している。このように短期間で抗議声明が相次いだのは極めて異例である。 それくらい本件アンケートの危険性が如実であることを物語っているとも言える。
これらの相次ぐ抗議声明などを受けてか、本稿を書いている時点(2月18日)で本件アンケートは、急遽「凍結」すると報じられているが、凍結ではなくて即刻、中止・撤回し、既に実施・回収したアンケートは廃棄すべきであろう。
2.  ではなぜアンケートがいけないのか。読者の皆さんの中には、アンケートをすることの何が問題かと思う方もおられるかもしれない。しかし、物事には尋ねて良いこととそうでないことがあり、そもそも尋ねること自体が問題となる情報があるのである。
  それは「センシティブ情報」と呼ばれるもので、それは尋ねること自体が原則として許されない。
  人は、本人の力ではどうしようもない事柄(民族、出身、性別等)によって不当な扱い(言われなき差別)をうけてはならない。それは人権として保障されている。
  そして、不当な差別等に結びつく可能性の高い、人種、民族、門地、信教などの情報は、それらを収集すること自体が原則として禁止されるのである。
  政治的見解及び労働組合への加盟についても同様のセンシティブ情報なのである。
  以下、本件アンケート項目をあげてのべる。
3. 具体的問題点(その1)
  本件アンケートは、氏名を明らかにさせた上で(Q1)、回答を義務づけ、「特定の政治家を応援する活動(求めに応じて、知り合いの住所等を知らせたり、街頭演説を聞いたりする活動を含む。)に参加したことがありますか」(Q7)と質問して、大阪市職員に回答を強制している。
  ところで、公務員は政治活動が全く出来ない、と誤解している人がいるがそうではない。
  地方公務員も、憲法21条1項により政治活動の自由が保障され、また同19条により政治的意見を含めて思想良心の自由が保障されている。地方公務員法36条2項も、「特定の政治目的を有する一定の政治的行為」を限定して禁止をしているのみである(地公法36条2項1号から5号)。
  従って、もともと「自由」である部分も含めて大阪市職員のその政治活動を広く尋ねることは、本来尋ねること自体が許されないのである。
  しかも本件アンケートは前述の通り業務命令として行われる。プライベートな時間に街頭演説会を聞いたりすることは本来許されているにもかかわらず、そのような一般的な活動を含めて広く政治活動への参加の有無を問いただすことは、大阪市職員の表現の自由や集会参加の自由に対して萎縮させてしまう。このことは結局、大阪市職員が憲法上保障された市民的自由が侵害されることになる。
  また、市長たる公権力が業務命令として思想良心に密接に関連する事項の回答を強制することは、市職員にとってみれば「言いたくないことを無理矢理言わされる」ことになる。憲法19条は人々の内心の自由を保障している。これは言いたくないことは言わなくてよいという「沈黙の自由」をも保障しているが、回答の強制はこの自由をも侵害するものにほかならない。
4. 具体的問題点(その2)
  次に、本件アンケートでは、労働組合への加入の有無、参加の有無・程度(Q6、Q16)労働組合に相談した経験の有無(Q20)、組合に加入するメリット、組合に加入しないことの不利益(Q17、Q19)組合費の使途についての認識(Q21)などをも問うている。
  労働組合の加入の有無自体聞いてはいけないセンシティブ情報であることは冒頭に述べた。しかし本件アンケートはそれのみならず更に進んで、労働組合活動や労働組合の運営・活動にかかわる事項に対しての回答を強制しているのである。これらの内容調査は、そのこと自体によって大阪市職員をして組合活動を萎縮させるものであり、結局は組合活動を支配し、介入しようとするものであり、典型的な使用者による労働者の団結権侵害の行為である。
  橋下氏は、就任以来の発言からも労働組合に対する敵視の姿勢がうかがえたが、本件アンケートも、大阪市職員の団結権及び正当な労働組合活動を嫌悪し、その活動に対して支配介入をしようとする意図は明らかという他なく、団結権を侵害する典型的な行為であるといえよう。
5. 公務員であることの関係
  残念ながら我が国の法制度において公務員に対して政治活動の制約が設けられていることは事実であり、それはそれで別途正さなければならない問題である。
  しかしそもそも、日本国憲法28条により、すべての勤労者には団結権が保障されている。地方公務員も憲法上の「勤労者」であることは明らかであるから、その団結権は当然に保障される。それゆえ使用者であり、かつ公権力である大阪市長が、憲法上、保障された職員の団結権を侵害することは許されない。地方公務員法においては、同法上の「職員」(非現業公務員)に対して労働組合法の適用を排除するが、これは不当労働行為に対する救済手段が私企業と異なるという点に留まるのであり、憲法で保障された団結権を否定したものではない。
  また、本件アンケートは、労組法の適用が排除されていない現業公務員等に対しても実施されるのであるから、この点では、極めて明白な不当労働行為である。
6.  まとめ
 以上のとおり、本件アンケートが、大阪市職員の思想良心の自由、そして団結権を侵害するものとして、違憲・違法であることは明らかであるが、一旦「凍結」となった以降、どのように進んでいくかは予断は許さない。
 引き続き注目していく必要があるだろう。
2008年12月25日
線
contents
ページの先頭に戻る
 
Copyright Okawa Law Office